自己紹介

僕は、《 勘違い野郎でした! 》

そして、《 意地っ張りでした! 》

さらに高校時代、《 学年最下位でした! 》

何十年前の話をしているのでしょうか (笑)
今でこそ人に物事を教える立場にいますが、高校時代は本当におバカでした。

転落人生まっしぐら?
しかし、人はささいな事で変わります。

当時、気になっていた女子が大学生と付き合っていました。
「 やっぱり大学生って大人なんだよねー 」
その言葉を耳にして、「 俺も大学生になーろーっと 」
あっさり進路が決まりました。

先生に相談しました。
自分「 俺の入れる大学どこですか? 」
先生「 あなたを入れてくれる大学があるなら私に教えて下さい 」
自分「 ………… 」
意地が湧きました。

毎日16時間、勉強しました。
「 俺は、やればできる人間だ 」
そう信じて勉強しまくりました!

そして、

 

13日目

 

知恵熱がでました

38度です。
くたばりました……
それでもめげずに勉学に励みました。

そして奇跡は

 

起こりませんでした……

やはり、《 バカでした! 》

芸事に興味もあり、単に東京に住みたいという理由から、お受験不要の専門学校に入学しました。
卒業後、ダンサーとして舞台に立ったのですが、あまりのギャラの安さにおののき、迷うことなく身を引きました。

《 意外と現実主義でした! 》

その時にアルバイトをしていた飲食店のオーナーに誘われ社員になりました。
流されるがままです。
とはいえ、頑張って働きフロアマネージャーを勤めました。

そして職場結婚をしました。
その内に仕事の先が見えてしまった気がして、思い切って転職をしました。

これが大失敗。

先ずは営業マンをしました。
それなりに数字は上げました。
でも、仕事内容が性に合いません。
騙しているような気がしていました。
もしかしたら、自信を持ってお勧めできる商品を扱っていれば違ったのかもしれません。
会社にも商品にも自分がしていることさえも、愛着も何もありませんでした。

あまちゃんと言われても仕方ないです。
でも、どうしても嫌だったので退職しました。

次なる職場はまたしても営業会社です。
懲りていないのかい俺?
しかし、部署は総務です。
本社で一か月の研修を受け、支社へ移動になりました。
一つの営業グループの責任者兼任で人事を担当しました。

この会社、軽くブラック企業でして。
連日、終電での帰宅です。
従業員は定着せずに、常に求人広告が掲載されていました。
毎日のように面接をしてはリストラもしました。
僕が面接をして採用した人に、二週間そこいらでプレッシャーをかけます。
「 首ですよ 」
そう言わずに、自ら身を引くように運ばなければなりません。

リストラされる人もたまったもんじゃないですが、する方もかなり辛いです。

「 担当グループの成績が悪い 」とお叱りを受けたりしました。
新参者の僕にはいわゆる落ちこぼれ的な人材が押し付けられていました。

そしてある日、本部長から言われました。
「 期待外れだったよ 」
自分の考えを上手く伝えることもできず、散々リストラをしてきたので綺麗な引き際をと思い、自ら退職しました。

奥さんいるのに

またしても、《 無職です! 》

「 企業戦士はもうこりごり 」

他の道も探りましたが、結局、元の職場に出戻りをしました。
辞める時には盛大に送別会をして頂いたので、

ひじょーに

気まずいですっ!

しかし、生活の為にプライドは捨てました。
お返しとばかりに色々と頑張りました。
某ワイナリーに行き、オリジナルワインを卸してもらったり、多店舗との差別化を図ろうと色々と企画しました。
チラシ作成の勉強もしました。
この時にセールスレターと言うものを知り、その流れでコピーライティングを知りました。

そして,

またしても転機が訪れます。

少し声をひそめます。

離婚しました。

今にして思い返すと分かってもらおうという努力が欠けていたのが一因ではないかと思います。

細かい別居は数知れず。
大きな三度の別居を経て離婚しました。

女性の敵を作りそうですが告白します。
離婚は僕に平穏をもたらしました。
悩みがなくなりました。
休日にはパチンコばかりしていました。


そして、
一年が経って気が付きました。
「 僕には打ち込めるものがないじゃない! 」

そこで仲間と自主制作映画を撮り始めました。

そして転機が訪れます。

職場が潰れました

自分のやりたいことを見つめ直すいい機会になりました。

趣味の映画では賞も頂きました。

《 勘違い野郎の再燃です! 》

「 エンタメ業界で成功する! 」

そう決めました。

アルバイトで生計をたてながら勉強をしました。
遊ぶこと、交友関係を広げること、彼女を作ること、などモロモロの楽しみだけでなく、食費や光熱費も削りました。
削って作り出した全てをもって打ち込みました。

今度は知恵熱は出ません。

免疫万歳!

共同脚本などをした自主映画の数本が賞を獲りました。
舞台の脚本も何本か書かせて頂きました。
短編小説のお仕事も頂きました。
コンクールに挑戦しながら細々と活動を続けました。

それから10年が経ちました。

大きな変化はありません。
不安が浮かぶ数が増えてきました。

そして、

またしても転機が訪れました。

母が白血病にかかり、余命宣告されました。
妹から連絡を受け、
母に会いに帰省しました。
「 お前はこの先大丈夫か? 」 ぽつりと言われました。
「 こんなにも心配をかけていたのか 」 愕然としました。

丁度そのタイミングで、目にした言葉があります。

夢を見た時間が長いほど目覚めてから苦労する

この言葉が刺さりました。
その時の茫然自失感はとてつもなく、心の芯が青ざめました。
これからどのように生きていけばいいのか分からなくなりました。

 

だからといって急に止められません。

それは僕が、《 意地っ張り野郎だからです! 》

そこで決意しました。
「 母が他界するまでにコンクールで受賞して報告する 」と。

なりふり構わず応募しました。
そしてとあるコンクールで受賞しました。
受賞通知を手に、母に会って言いました。
「 もう俺は大丈夫だから 」
確信なんてありません。
受賞したからといってその先が約束されたわけではありません。
でも、そう言いました。
母の不安を少しでも失くしたかったのです。

その日から11日後、母は他界しました。
受賞通知を食い入るように見つめていた母の姿を今でも覚えています。

これで区切りがつきました。

でも、一つの疑問がわきました。

「 夢をあきらめて普通の仕事を探す。 本当にそれでいいのだろうか? 」

結論を出せずに現状を維持していました。

そして、

ネットビジネスで稼ぐ

という言葉が目に留まりました。

「 稼ぎたい 」 そう思いました。

 

さらに欲を言います。

ただ稼ぐだけではダメです。

僕がネットビジネスの先に求めるのは三つ。

  • 収入のゆとり
  • 時間のゆとり
  • 精神のゆとり

これらを満足させるために挑戦しています。

でも、

「本当に稼げるようになるんですか?」

ドメイン? コンテンツ? 聞いたことはあるけれど、何のことだかさっぱり分からない。

そんな僕がネットビジネスに挑戦します!

乞うご期待!

 

 

 

あ、

あと、

奥さんと自分の子供も欲しいです。

が、

その前に彼女です (笑)

僕の座右の銘です。

【 Never   too  late  - 遅すぎるということは決してない - 】

気が付けば50歳。

でも、あきらめません。

《 いつまでも挑戦する野郎です! 》

宜しくお願いします。

 

エージロー

 

2018年12月2日