エッセイ教室 課題:旅

飛ぶジェット機 エッセイ
エッセイ教室 課題:旅

「 す・ず・ぬ 」

風景の撮影を趣味にしていたころ、無性に砂が撮りたくなって鳥取砂丘へ行ったことがある。

人生初の飛行機。
人生初の一人旅。

そして、初心者の慣れないチェックイン。ぎこちなく手続きを済ませた。

カウンター脇のラックには、近隣店舗を紹介するいくつかの割引券が置いてある。興味をひいたのが、『 焼き松葉蟹 』の文字。ここから十分ほど歩いたところにある居酒屋で食べられるらしい。早くも今夜の食事が決まった。

夜まではまだ長い、取りあえずは鳥取観光に出かけよう。

部屋に荷物を置き、カメラを持って出かけた。バスに乗り、しっかりと観光客と化し、砂丘ではカメラマンを気取った。
砂丘 
そして夜。割引券に書かれた簡易な地図を頼りに、お目当ての店に向かった。

ちなみに『 松葉ガニ 』というのは、京都、兵庫、鳥取、島根の漁港で水揚げされた「 ズワイガニ 」を指すそうだ。

頭の中に、七輪と、その網の上で湯気をたてるカニのイメージが広がった。
網の上で焼かれるカニ

脇道にそれ、ちょっと歩いたところにお店はあった。

しかし、シャッターが下りていて『 祝祭日定休 』と赤い字で書いてあった。その日は4月29日。当時は天皇誕生日。いまでいう昭和の日。これは迂闊だった。観光地なのに祝祭日が定休だなんて思いもよらなかった。

あたりを見回すと、某チェーン居酒屋の灯りが見えた。ここまできてチェーン店に入るなんて旅の醍醐味がないじゃないか。旅番組を真似て、道行く人に声をかけてみる。

「 お勧めのお店ありませんか? 」
「 私たちも旅行者です 」

あえなく撃沈。

次に地元民らしきカップルを発見。彼氏がちょっと訛りのあるイントネーションで答える。「 何もないですよ。なにしろ田舎だから 」田舎とは言え、県庁所在地の駅近く、なにかしらあるでしょうに。

それにしても人に声を掛けるのはエネルギーを使うもんだ。たった二組に声をかけただけでめげた。そう思うとナンパ師って凄い。断られても断られても、ひたすら声をかける。その姿は尊敬にあたいする。

そんなことを考えながら駅前に戻ると、商店街の端に居酒屋発見! 地元感のある店構え。覗いたところ広さもあり、酔っぱらった常連が絡んでくるような造りではない。

ここにしよう。

のれんをかきわけると、作務衣っぽい制服を着た女性が出迎えてくれた。

席に案内され、メニューを広げる。焼き松葉ガニはないが、カニみそ丼がある。迷わず決定。折角なので、もう一品なにかが欲しい。店員さんに、お勧めをきいてみた。

その女性は、ボールペンのお尻をおでこにあててちょっと考えてから言った。
女性店員閃いた!
「 すずぬですかね 」

「 すずぬ? 」思わず聞き返した。店員さんは頷き「 はい、すずぬです 」と答えた。

初めてきく単語。一体なんだろう? あれこれ聞くのは粋じゃない気がした。そうそう、折角の旅。わたしは、ちょっとした冒険に来ているのだ。ここは出てくるまでのお楽しみにしよう。

「 それも下さい! 」
「 かしこまりました 」

東京のファミレスなんかと変わらない標準語で接客をうけた。折角の地方、味わいのある方言を期待していたのだけれど……いやいや、これは勝手な願望というものだ。申し訳ない。

それにしてもスズヌってなんだろう? 深海魚みたいな、めったにお目にかかれないレアな魚なんじゃないか? その魚はお刺身で出てくるのか? はたまた姿焼なのか? 広がった妄想は小鉢が置かれてストップした。

勝手に魚料理だと思っていたそれは、こげ茶色をした煮込まれたお肉? これが、スズヌ……

取りあえず一口運んでみる。

これは、
牛筋煮込み小皿
まぎれもない牛筋の煮込み。

筋張ったお肉をかみしめながら検証してみる。スズヌ、スズニ、スジニ、すじ煮……

入店時からオーダーのやり取りまで訛りなどまるでない、よどみなき標準語での接客だったのに、なぜこの言葉に限って訛ったのか……

いやいや、これこそ求めていた旅の醍醐味じゃないか! いい笑い話ができた。

 

エージロー

旅は人を開放させてくれますよね?
思い出がいくつも出てくるのではないでしょうか?
日常と違った場所ならではの出来事を綴ってみて下さい。
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